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子どもの宿題を早く終わらせる方法

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~シンパパの子育て(勉強・宿題偏)~

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息子がある日こんなことを言いました「Aくんのおうちは『宿題めんどくさい~』って言うと怒るんだって。でもお父さんは怒らないよね?なんで?」と。うちの子は宿題を全然やりませんでした。
サボって貯めこんでしんどくなることも多々あったんです。それが今では宿題を速攻で終わらせます。

なぜ子どもが「めんどくさい」と言った時に私くしが怒らないのか。それは「めんどくさい」と「やらない、終わらない」はまったく別のことだと考えているからなのです。

そこで我が家の「メンドクサイ勉強法」を書いてみたいと思います。

「めんどくさい」と思う気持ちが大事

そもそも宿題なんて「メンドクサイ」

大人に置き換えてみます。例えば仕事が会社で終わらなくて家に持ち帰って作業したとしますよね。めんどくさくありませんか?そもそも大人子どもに限らず、家に帰っても何かを課されるのは、非常にメンドクサイことなのです。

「メンドクサイ」と言ってほしくない大人のエゴ

子どもが「めんどくさ~い」ということを怒るのは、親のエゴだと思うのです。「早く出来るようになってほしい、しっかり出来るようになってほしい、サボってほしくない」というのは親ならもちろん思うことです。しかし、それと「メンドクサイと思う気持ち」は全く別のものではないでしょうか?

めんどくさくていいんだよ!

メンドクサイから算数が生まれた

「A君は13枚入のクッキーを持っています。B君は8枚ののクッキーを持っています。二人のクッキーを合わせると全部で何枚でしょうか?」

もし、この問題を算数なし(足し算しないで)解くとすると1枚ずつ数えて、全部の数を出すしかありません。算数とはそもそも「1枚ずつ数えんのメンドクサイから早く数えられる方法作ろうよ」ってところから始まってるものです。

建物を建築する際に対角線を出さなければならない時、わざわざ測りに出向くのもメンドクサイから、どうにか計算で出せないか?など「メンドクサイと思う気持ち」が算数や数学を発展させてきたわけです。

メンドクサイから国語が生まれた

国語も同じです。「伝える手段が会うことしか無かった、記録手段が記憶しかなかった」そんな時代に、どうやったら簡単に伝えられるか、どうやったら忘れずに残せるのかを発展させたものが国語なわけです。

このように、国語や算数などの基本学問は元を辿れば「メンドクサイ」ものを「如何に楽にやるか」ということだと私くしは考えています。

ルールはたった一つ「スピードを意識する」

帰ったらすぐに宿題をやるのが本当にいいのか?

これも大人に置き換えてみます。仕事をして疲れて帰ってきたのに「今すぐに残務をやれ」と言われたら、あなたはどう感じるでしょうか?もちろん、仕事をしてきたテンションのまま、すぐに取り掛かりたい、という人もいます。

お腹が空いた、疲れたから休憩したい、どうしても見たいテレビがある、どうしてもやりたいことがある、こんな時は大人なら「やりたいこと」と「やらなきゃいけないこと」に優先順位付け、プライオリティの高い方を先にやっていきます。
では、なぜ私たちは一つ一つのタスクに優先順位付けるのでしょうか?それはパフォーマンスの質を高めるためではないでしょうか?

子どもも一人ひとり意思があり、それぞれの想いがあるのです。だから「帰ってから直ぐやらなければいけない」というルールを無理やり作ってしまうことが本当に子どものパフォーマンスを高められているのかを向き合って話し合ってみるのが良いのではないかと私くしはおもいます。

やる時は世界一早く終わらせるぐらいの気持ちで

我が家では19時頃から食事になり、風呂→就寝となるので、デッドラインが19時ということになります。なので19時までに間に合えば、自分のタイミングでやっていい。ギリギリまでダラダラしてたっていい。
その代わり、やる時は世界一早く、ウサイン・ボルトより速く、それぐらいの気持ちでやる。我が家のルールはそれだけなのです。

宿題を速攻で終わらせられるようになった流れ

まず、最初に言っておかなければならないのは、この方法が正しいというわけではありません。というか、正解不正解はそもそもありません。「うちの子はこれで速くなった」という一つの例だと思ってください。

まずは自由にやらせる

まずは「好きなタイミングで好きなようにやっていいよ」と自由に宿題をやらせます。中には居るかもしれませんが、正直、宿題が大好きな子どもなんて、あんまり見たことがありません。だから、そのうちサボったり、手を抜いたり、ダラダラといつまでも終わらないなんてことになったりします。そして「宿題めんどくさい」と言い始めるようになりました。

「みんなメンドクサイんだ」と教える

「お父さんだって仕事メンドクサイよ。出来ることなら遊んで暮らしたい。でもご飯を食べたり、お出かけしたりするためにはお仕事しなきゃいけない。めんどくさくてもやらなきゃいけない。」と堂々と大人の本音を伝えました。

そして「メンドクサイことを長々とやりたくない、早くテレビみたい、早く遊びたい」だから「早く終わらせれば、こんなにいっぱい遊べる!」と早く終わらせるメリットを教えてあげました。

ゲーム感覚でタイムアタックをやらせる

「10分で何問できるかやってみ」とストップウォッチで測って上げます。そうすると、子どもも「早くやらなきゃ!」という意識で問題に取り組みます。

そして、10分で解けた問題数ダラダラと宿題をやっていた時間と問題数を比較してあげました。そうすると「頑張ると10分でこんなにいっぱい解ける」という話になります。

別に急に勉強が出来るようになったわけじゃない、ただスピードを意識しただけでこんなにも早く解ける!

ということを教えてあげました。それは同時に子ども自身が「あれ、いつもの宿題って実はもっと早く終わるんじゃんん!?」と思えるということです。本来の自分が持っている力を自覚を促すわけです。

スピードを意識してからは宿題が3分の1の時間で終わるように

毎日のように「早くやりなさい」と言っていると中途半端に早くやろうとします。だから一度ダラダラさせて「ダラダラするとすげぇ時間がかかる」ということを実体験として覚えてもらうんです。そうすることで、思いっきりダラダラしながらやった時間とスピードを意識してやった時間の差が明確にでるようになります。

そして「今の僕(私)なら、早く終わらせることができる!」と思えるように促すわけです。今までめんどくさ~いと思ってダラダラしてたけど、本当の実力を出せばこんなにも早く終わって、遊ぶ時間もいっぱい取れるんだということを教えてあげました。

自分の最速を把握するメリット

自分の最速タイムを把握するということは、そのタスクの終わる時間を逆算できるようになるということです。大人で言えば納期までに仕事を完了させるということです。例えば「このスピードを意識すれば、好きなテレビの合間にやっても終わる」と分かるようになります。

そして、納期を守るためにはスピードを意識するので、自ずと宿題をやっている間は他のことを一切考えず一点集中することになります。実際、ダラダラと宿題をやるより、極端に集中してやったほうが何倍も勉強の効果がでました。

やる気をなくす言い方、教え方とやる気を出させる褒め方

私くしの持論ですが「子どもが一番やる気をなくす言い方、教え方」というのがあります。

「メンドクサイって言うな」と教える

大人だってメンドクサイものはメンドクサイんです。メンドクサイから、早く簡単に終わらせる方法を大人はいつも考えています。子どもも同じです。めんどくさいから、早く簡単に終わらせる方法を考えるようになるんです。

「そんなこと言うな」と言う前に、まずは「メンドクサイものを早く終わらせる方法」を一緒に考えてみたらどうでしょうか?

毎日「早く宿題やれ」と言う

毎日のように「早く宿題やりなさい」というと、子どもは「は~い」とそれなりに動くと思います。ただ、それは「それなりの動きのスピード」でしかないのす。上中下で言うところの「中」です。私くしが思うに、毎日「中」の動きをするというのは非常に危険なのではないかと思うわけです。

中が当たり前になってしまうことで、中を起点として考えるようになってしまいます。それは言い換えれば、上を出しても、下を出しても、中との差が同じということです。
上を出したら「いつもより少し早かったな」、下を出したら「いつもより少し遅かったな」とこの程度の感覚しか得られないということです。どんなに急いで上を出しても、得られる感動が少ししか無いわけです。

それならば逆に一度おもいっきりダラダラやらせてた後、本気でやる。そうすることで時間の差を認識し、大きな感動を得られるのです。

早くできた時にとてつもなく褒める

子どもが時間の差を理解し、大きな感動を得られた時は、とてつもなく褒めます。我が家では、そういう時は「今夜はパーティーだ!」と外食します。得られた感動を大きくしてあげるんです。

出来ることとは、それぐらい喜ばしいこと

親にとっても子どもにとっても、パーティーをするぐらい喜ばしいことなんだ、というのを教えてあげるのがいいのではないかと思います。

さいごに

全ては私くしが子どもの頃に抱いていた疑問

「大人たちは面倒くさいと思わないんだろうか?」

私くしは幼少期そう思っていました。「きっと大人になったら面倒くさくなくなるんだろうな」と思っていました。しかし、実際に自分が大人になってみると、めんどくさい事だらけです。

大人になったって、メンドクサイもんはメンドクサイ。

それが現実なんですよね。でも大人になって学んだことは「メンドクサイもんはメンドクサイ。だけどその面倒くささを最小限に抑えることはできる。」ってこと。私は「何故それを大人たちは教えてくれなかったんだ」と今でも思います。

堂々とメンドクサイって言っていい。その代わり、メンドクサイの先にあるものをちゃんと教えて上げることが何より大事なんじゃないかなと。

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